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心理学ワールド 78号 特集 古典的条件づけ研究なんてまだ やってるのと思っているあなたへ 澤 幸祐(専修大学) | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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9 古くて新しい学習心理学 はじめに ─ 古典的条件づけとは何だったのか  古典的条件づけと聞いて,みなさんはなにを 思い浮かべるだろうか。心理学分野では学習心 理学のなかで習うことが多く,心理学概論のな かでも紹介されることがあるので,おそらく心 理学を学んだことのある人ならある程度知って いるはずである。古典的条件づけという手続き と現象について,簡単に振り返っておこう。  古典的条件づけを発見したのは,ロシアの生 理学者イワン・パブロフである(Pavlov, 1927)。 パブロフが行った実験では,イヌを対象として メトロノームの音を聞かせたあとにエサを与える という手続きがとられた。エサを与えられるとイ ヌは唾液を流す。これは生まれつき備わってい る反応で,無条件反応と呼ばれる。唾液を流す という反応を引き出すエサという刺激は,無条 件刺激と呼ばれる。一方で,メトロノームの音 を聞いても,イヌはとくに強い反応を行わない。 ただ,エサと一緒に提示される(対提示される) 経験を積んでいくと,メトロノームの音を聞いた だけで唾液を流すようになる。このとき,メトロ ノームの音を条件刺激,メトロノームの音を聞い て唾液を流すという反応を条件反応と呼ぶ。  ここまでは大丈夫だろう。多くの教科書にも そう書いてある。まとめると,「生得的に強い反 応を誘発する無条件刺激と,もともとは中性的 である条件刺激を対提示すると,条件刺激に対 しても反応が獲得される」ということで,これ が古典的条件づけの手続きであり現象である。 古典的条件づけは「つまらない現象」か  古典的条件づけの発見は,当時それなりに大 きなインパクトをもって受け入れられた。ヒト 以外の動物が,生まれつき持っているレパート リー以外に新しい反応を学習するプロセスを実 験的にきちんと示したわけであり,この手続き をヒトが恐怖のような情動を学習するプロセス に持ち込まれ,恐怖症の獲得と介入に関する研 究が始まった。動物を使って実験室で学習研究 ができるということは,ヒトを対象とした研究 が難しい生理学的,薬理学的な研究を可能にも した。それでも多くの人たちは,どうも腑に落 ちない,古典的条件づけがそんなに大事ですご いものだという実感を持ちにくいようである。  パブロフが発見した古典的条件づけでは,主 な関心は「唾液を流す」という反応であった。 読者であるあなたの人生において唾液分泌が 大事ではない,ということではない。唾液が出 ないと食べ物を消化するのに不都合がある。そ れでも,それは「こころ」に関係ないような気 がするかもしれない。唾液分泌という反応は, 我々が日常生活のなかで行っているいろいろな ふるまいのなかでは,相当に細かい,微視的な ものだ。我々が人生のなかで遭遇するいろいろ な問題を解決しようとしたときに,古典的条件 づけが扱う反応が,微視的で反射的なものに限 定されてしまうとすれば,たしかにあまり大事 なものだとは思えない。もともとパブロフの時 代には,条件反応ではなく条件反射と呼ばれて いたこともあり,研究の開始当初は反射的な

古典的条件づけ研究なんてまだ

やってるのと思っているあなたへ

専修大学人間科学部心理学科 教授

澤 幸祐

(さわ こうすけ) Profile─澤 幸祐 大阪大学人間科学部卒業後,関西学院大学文学研究科心理学専攻博士前期課程修 了,同博士後期課程満期退学。日本学術振興会特別研究員(PD),玉川大学COE 助手を経て専修大学文学部心理学科専任講師,同准教授。2014年4月より現職。専門は学習心理学。著書は『学 習心理学における古典的条件づけの理論』(分担執筆,培風館),『心理学研究法3 学習・動機・情動』(分担執 筆,誠信書房)など。

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10 行動がおもに扱われていた。21世紀の今でも, 古典的条件づけ研究は我々の日常や人生に関係 が薄そうな問題を扱っているのだろうか? 知覚・感覚と古典的条件づけ  大学で学ぶ心理学のなかでも,知覚や感覚 は最初に接することの多い分野だろう。ミュ ラー・リヤー錯視やエビングハウス錯視,群化 の法則などは心理学概論の講義でもよく紹介さ れる。そのなかで,多義図形というのを目に したことがあるだろう。「おばあさんにも若い 女性にも見える」,「ウサギにも鴨にも見える」 といった有名なものがあるが,そのなかに, ネッカー・キューブと呼ばれるものがある(図 1A)。これは,線のみで描かれた立方体だが, 面が塗りつぶされていないためにどの面が手前 でどの面が奥にあると知覚するかによって,立 方体の見え方が変わる。  ネッカー・キューブと古典的条件づけとい うのはまるで関係なさそうに思うかもしれな いが,研究がある。この研究(Haijiang, et al., 2006)では,実験参加者はディスプレイ上に表 示されたキューブが回転するのを観察する。こ れだけでは,実験参加者ごとに「どの面が手 前か」の見え方が変わり,キューブが右回転し ているのか左回転しているのかについての主観 的な判断がバラバラになる。ここで,回転する ネッカー・キューブに円柱形の画像などを重ね て表示することで奥行きの情報を与え,「どの 面が手前にあるか」を強制的に決定するという 手続きを行う(図1B,C)。するとキューブが 右と左のどちらに回転しているのかの判断も決 まる。実験上のポイントは,奥行きの情報を与 えるときに音刺激など別の刺激を提示すること である。つまり,「音刺激と奥行き情報の対提 示」を行うわけである。この訓練を行ったあと に,明確な奥行き情報なしにキューブが回転し ているのを見ている実験参加者に音刺激などを 提示すると,まるで奥行き情報が与えられたよ うに,キューブの主観的な見え方が変わり,左 右のどちらに回転しているかの判断がバイアス される,という結果が報告されている。このよ うに,我々の知覚も学習によって変わる。いわ ゆる知覚学習というものだ。最初は味の違いが わからなくても,繰り返し経験していくことで 違いがわかるようになったりするのは納得して もらえるだろう。古典的条件づけは,我々の知 覚や感覚,主観的世界にも影響を与えている。 時間情報と条件づけ  パブロフの条件反射研究だけを見ると,古典 的条件づけが起こったかどうかの判断基準は 「反応があったかなかったか」に限定されてい るように思えるかもしれない。しかし我々の日 常では,反応するかどうかに加えて,いつどこ で反応するかが重要なことがある。実はパブロ フ自身も,イヌがいつ唾液を流すかについて研 究をしているのだが,著者の関わった研究を紹 介しよう。  Leishing, et al.(2007)は,ラットを対象と した実験を行った。ラットはまず,60秒の長 さの条件刺激(純音とノイズ音)と10秒の長 さの別の条件刺激(点滅光)の対提示を経験 する。ここで,ラットは2群に分けられ,一方 の群は60秒の長さの条件刺激の提示開始5秒 後の時点から10秒の長さの条件刺激を提示し (Early群),もう一方の群は60秒の長さの条件 刺激の提示開始45秒後の時点から10秒の条件 刺激を提示する(Late群)。つまり,Early群 では60秒の条件刺激の早い段階で10秒の条件 刺激が提示され,Late群では遅い段階で10秒 の条件刺激が提示される。この手続きののち, 両群のラットたちは,10秒の条件刺激と無条 件刺激(砂糖水)の対提示を経験する。無条件 図 1 線画で描かれたネッカー・キューブ(A)が 点線を中心に回転すると,どの面が手前に見えるか によって回転方向が変化して見えるが,円柱形の刺 激と枠線を付与して奥行き情報を与えると(B,C), どの面が手前にあるかが決まるために回転方向の見 えも決まる。Haijiang, et al.(2006)を元に作図。

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11 古くて新しい学習心理学 刺激として砂糖水を用いると,ラットは10秒 の条件刺激が提示されると砂糖水が提示される エサ皿へ接近する反応を獲得する。最後に,テ ストとして60秒の条件刺激を両群のラットに 対して提示する。ここでは,10秒の条件刺激 や無条件刺激は提示しない。このように,中性 的な条件刺激同士を対提示してから,一方の条 件刺激を無条件刺激と対提示し,無条件刺激と 対提示しなかったほうの条件刺激に対する反応 を調べる手続きを感性予備条件づけ手続きと呼 び,無条件刺激と対提示していなかった条件刺 激に対しても反応が確認されることは古くから 知られている(Brogden, 1939)。今回の実験に おけるテストでの関心は,ラットが反応するか どうかだけではなく,ラットが「いつ」エサ皿 への反応を行うかである。  もしラットが,この手続きによって条件刺激 同士,そして条件刺激と無条件刺激の結びつき だけを学習していたとすれば,ラットはいつ反 応してもおかしくない。しかし,もしラットが 「長い条件刺激の最初(あるいは後ろ)に短い 条件刺激が来る,短い条件刺激の後には無条件 刺激が来る」といった具合に,刺激間の時間関 係を学習していたとすれば,Early群のラット は長い条件刺激の前半で,Late群のラットは 長い条件刺激の後半でエサ皿への接近反応とい う条件反応を見せると予測される。そして結果 は,この予測を支持するものであった(図2)。 このグラフでは,横軸は60秒の条件刺激を1秒 ごとに分割したもの,縦軸はエサ皿への反応で ある。予測のとおり,60秒の条件刺激の前半 ではEarly群のほうがエサ皿への反応が多く, 後半ではLate群の反応のほうが多い。この結 果は,刺激の対提示という古典的条件づけ手続 きによって,ラットが刺激間の時間関係を学習 すること,学習した時間関係に基づいて行動し ていることを示している。古典的条件づけ手続 きによって学習されるのは,反応するかしない かだけではないのである。 社会的な問題へのアプローチ  昨今,排外主義が国際的な話題となってい る。さまざまな属性によって人々が分断され, いわれのない差別に苦しむ人々の姿は,報道な どで目にした人も多いだろう。こうした問題に 対しても古典的条件づけによるアプローチが試 みられている。Olsson, et al.(2005)は,自ら が属している社会集団に属する人の顔とそうで ない人の顔が,古典的条件づけの条件刺激とし て用いられたときにどのような違いが生じるか を検討している。  彼らの実験では,アメリカの学部学生を実験 参加者として用い,まずはヘビやクモといった 恐怖関連刺激と,トリやチョウといった恐怖非 関連刺激を条件刺激として,微弱な電気ショッ クの無条件刺激と対提示した。条件反応として は,皮膚電位反応が測定された。その結果,恐 怖関連刺激と恐怖非関連刺激の両方に対して条 件反応が獲得されたものの,無条件刺激なしに 条件刺激を単独呈示することによって条件反応 の消去を行うと,恐怖関連刺激に対しては消去 が遅れることが示された。重要なのはここから である。続いて,彼らは白人の顔刺激と黒人の 顔刺激を条件刺激として,無条件刺激との対提 示を行った。その結果,実験参加者たちは白人 であろうと黒人であろうと条件反応を獲得した のだが,白人の実験参加者においては黒人の顔 刺激に対して,黒人の実験参加者においては白 人の顔刺激に対して条件反応の消去が遅れると いう結果が示された。この結果は,人間はみず からと異なる人種に属する人たちの顔を恐怖関 古典的条件づけ研究なんてまだやってるのと思っているあなたへ

図 2 Leising et al.(2006),実験 1 の結果。Early 群では 60 秒の条件刺激内の前半で,Late 群では後 半で条件反応(エサ皿への接近回数)が増加する。 Leising et al.(2006)を一部改変。

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12 連刺激のように,同じ人種の人たちの顔を恐怖 非関連刺激のように処理している可能性を示唆 している。  この結果は,ある種の絶望感をもたらすか もしれない。しかし,希望もある。Mallan, et al.(2009)は,白人の実験参加者に対して白人 男性の顔と東洋人男性の顔を条件刺激として恐 怖条件づけと消去の効果を検討した。その結 果,先に紹介した研究の結果が再現されただけ でなく,消去を行う際に「もう無条件刺激は提 示されない」という言語教示を行うことで,み ずからとは異なる集団(東洋人)の顔刺激に対 する条件反応の消去が促進することが示され た。言語教示が古典的条件づけに影響すること は過去にも研究はあったのだが,最近でも言語 と古典的条件づけの関係について再検討が進 んでいる。De Houwerと共同研究者たちは, 「古典的条件づけとは『条件刺激の後には無条 件刺激がやってくる』という命題の生成であ り,命題の真偽判断が条件反応の表出に関わっ ている」という命題アプローチ(propositional approach) を 提 案 し, さ ま ざ ま な 場 面 に お いてこのアプローチの妥当性を検討している (e.g., De Houwer, 2009; Mitchel, et al., 2009)。

この実験に照らせば,「もう無条件刺激はやっ てこない」という言語教示が,古典的条件づけ によって獲得された命題の真偽判断に影響を与 え,消去を促進したというわけである。  ここで紹介した内集団と外集団に関する研究 結果をもって,我々のこころには生得的な差別 感情があると結論することは早計だし,言語教 示によって差別をなくすことができると主張す るのも,現実的な問題を矮小化してしまう恐れ がある。それでもなお,条件づけ研究者のはし くれとして,学習心理学者としての僕は,我々 にはなにかができるのではないか,できるはず だと信じている。 まとめ ─ 古典的条件づけとは何か  「ここで紹介されたものは古典的条件づけな のか」と違和感を覚えた方もいるかもしれない。 たしかに,パブロフの研究とはかけ離れたもの のように思えるだろう。「生得的に強い反応を誘 発する無条件刺激と,もともとは中性的である 条件刺激を対提示すると,条件刺激に対しても 反応が獲得される」というのが古典的条件づけ という手続きであり現象である,と最初に述べ た。しかしこの定義は,少し範囲が限定的すぎ るきらいがある。研究者によっても立場の違い はあるが,「複数の刺激を経験すること」が古 典的条件づけの手続きの本質であり,その結果 としてなにかしらの変容が生活体に起こるなら ば,それが反射的なものであろうとなかろうと, また特殊な手続きを用いなければ行動として表 出されなくとも,古典的条件づけが生じたもの と考えるという立場もありうる。古典的条件づ けの枠組みで扱える話題は,みなさんが考えて いるよりも,実はもっとたくさんあるのだ。 文 献

Brogden, W. J.(1939)Sensory pre-conditioning. Journal of Experimental Psychology, 25 , 323.

De Houwer, J.(2009)The propositional approach to associative learning as an alternative for association formation models. Learning & Behavior, 37 , 1-20. Haijiang, Q., Saunders, J. A., Stone, R. W., & Backus,

B. T.(2006)Demonstration of cue recruitment: Change in visual appearance by means of Pavlovian conditioning. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 103 , 483-488.

Leising, K. J., Sawa, K., & Blaisdell, A. P.(2007) Temporal integration in Pavlovian appetitive conditioning in rats. Learning & Behavior, 35 , 11-18. Mallan, K. M., Sax, J., & Lipp, O. V.(2009)Verbal

instruction abolishes fear conditioned to racial out-group faces. Journal of Experimental Social Psychology, 45 , 1303-1307.

Mitchell, C. J., De Houwer, J., & Lovibond, P. F.(2009) The propositional nature of human associative learning. Behavioral and Brain Sciences, 32 , 183-198. Olsson, A., Ebert, J. P., Banaji, M. R., & Phelps, E.

A.(2005)The role of social groups in the persistence of learned fear. Science, 309 , 785-787.

Pavlov, I. P.(1927) Conditioned reflexes: An investigation of the physiological activity of the cerebral cortex (G. V. Anrep, Trans.). New York, NY: Oxford University Press.

図 2 Leising et al.(2006),実験 1 の結果。Early 群では 60 秒の条件刺激内の前半で,Late 群では後 半で条件反応(エサ皿への接近回数)が増加する。

参照

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